詩 考 索 吾ー MY POETRY78


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落書真夜中(ミッドナイト)

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bysos-ei  on3/8 01:05 2010

 
 貧しい絵描きがいました。紙もなければ絵具もないので絵描きは大きく手を振って空のカンバスに、いつも絵を描いていました。
 絵描きの名前は空太郎(くうたろう)といいましたが、ある日、空から天使が降りてきて空太郎にいいました。
「わしは神様の使いの者じゃが、最近、神様は機嫌が悪い。この顔を見てくれ、隈だらけじゃ。これは神様に殴られてできたのじゃ。それというのも全部お前のせいじゃ。神様は、いつもお前が、神様のお住まいになっているあの神聖な空に、へたな絵を描くから、頭にきておられるのじゃ。いつもの八つ当たりは、わしら天使が受けにゃならん。損な役だよ。」
「天使様、それでは、あなたは私に絵を描くことをやめさせるために降りて来られたのですか。それはあんまりです。私には何の取り得もありません。私に出来ることは絵を描くことだけです。私の唯一の生甲斐をあなたはお取り上げになるのですか。」
「そうむきになって言われても困るのじゃが、神様は芸術にご理解のあるお方じゃ。その理解のある神様が、お前の絵を見て”落書”と呼ばれるのじゃ。”天に落書するものがおる!!”とお怒りなのじゃ。要するに、絵を描くことが悪いと仰ってるのではない。ヘタクソな絵を描くことに対してお怒りになっておられるのじゃ。」
「ヘタクソ、ヘタクソと仰いますが、私は好きでヘタクソな絵を描いているのではありません。空が広すぎるために、あまりに奥行きがありすぎるために、私の手筆が届かないのです。深遠な空に完全な美を描くなど、私のような凡人にはとてもできません。私のような者に相応しいカンバスと絵具が手に入れば、私にもそれなりの絵を描くことはできます。私に、空に絵を描くことをやめろと仰るのなら、せめてカンバスと絵具を私にお与え下さい。」
「うん、お前の気持ちはよく解るよ。じゃが、最近神様の世界も不景気で、会計担当の天使も渋い顔してなかなか金を出さん。今日地上にわしが降りる旅費も出しよらんかった。神様は頭に来ておられるので、わしら天使に八つ当たりされる。しかし、神様は”空太郎に絵を描くことをやめさせろ”とは一度も仰らない。こちらから聞いてみても黙っておられる。黙っておられるから、ほっといてもよいものかと思っていると、また癇癪を起される。天使の中でも、神様に近いところに座っている総務担当のわしが、一番よく殴られる。会計のやつは”神様のご命令ではないから公費を認めるわけにはいかん”と言いやがる。もうこれ以上殴られるのはかなわんから、しかたなく、自分のポケットマネーで、地上へ降りてきたというわけじゃ。そこのところ、よく解ってくれや、空太郎どん。」
「解りました天使様。それでは神様は天使様をお遣わしになったのではなく、天使様が勝手に降りてこられて、勝手に私に頼んでおられるのですね。勝手に。」
「空太郎どん、そんな険のある目つきでわしを見るな。わしは、あんたに正直に話しとるのじゃ。わしは神様とも長い間一緒におるから、半分くらいは神様の思っておられることも解るのじゃ。まして、お前さんの考えちょることくらいお見通しじゃ。お前さん、わしからカンバスと絵具の金をせびり取ろうという魂胆じゃろうが、そうはいかん。わしは、金を一円も持ってきとらん。そんなこともあろうかと思って、往復切符を一枚持ってきただけじゃ。金だと使ってしまって天に帰れんようになるかもしれんからのう。わしにも妻子がある。土産が欲しいくらいじゃ。」
「やい、天使、黙って聞いていればムシのいいことばかり言いやがって。わしのような能の無い人間の身にもなってみろ。わしから絵を取り上げたら一体何が残るというのじゃ!!
「そう怒らないで。あんたは本当に能無しじゃ。あんたから絵を取り上げたら、何にも残らん。すなわちゼロじゃ。ところが、あんたに絵を残させたらマイナスアルファアや。マイナスが残るのじゃ---まあ、アホのあんたに数学的な話は解らん。まあ、ええわ。妥協しよう。あんたは昼間に絵を描くことはやめてくださいや。このとおりお願いだから。そのかわり、夜、神様が眠っておられる時だけは、自由に描いても良いことにしよう。それに、夜は暗いから落書きも見えない。朝になれば光に消されてしまっている。それなら神様も、文句は言わんだろう。」
 空太郎は、人のよさそうな天使のおっさんの顔につられて、つい、「まあ、そのう、当分の間---まあ、いいや。」           (了)

 

 

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